不動産売買において仮契約の締結を求められたが...

 本日は、自宅の購入を考えていた方に実際に起きた話を紹介します。

実際に起きた話のあらまし
 被害者は購入する自宅を探しており、希望する条件に合う売物件をネット上で見つけました。この物件の内見を不動産会社に依頼し、営業担当者の立ち会いの下で内見しました。
 とても気に入ったので、そのことを営業担当に伝えました。

 内見の際に立ち会った営業担当から、内見した日の夕方に電話がありました。「今日、内見をしていただいた物件について更に詳しく説明したいので、これからお会いできませんか。夜遅い時間でも構いません。」と言われたとのことです。
 業界用語で「夜訪(やほう)」と言います。購入に向けて背中を押す方法として、不動産業界ではよく行われている方法の一つです。

 被害者は自宅への訪問を承諾し、約束した時刻に営業担当が自宅に現れました。内見した物件に関する一通りの説明があり、その場で購入の申込みを求められました。
 しかし、被害者はこの場で購入を決断することは出来ないと伝えました。すると営業担当は「この物件が他の方に先に買われることを防ぐ為に仮契約をしましょう。この書類に署名及び捺印をお願いします。」と言いました。
 自宅を購入し、または売却する際に仮契約を締結することはほとんどありません。何らかの事情により仮契約を締結する場合は仮契約書を用意し、これに署名・捺印します。
 しかし、営業担当が提示した書類は仮契約書ではなく売買契約書、つまり本契約の契約書類でした。被害者は営業担当に言われるまま、売買契約書の買主欄に署名し、捺印しました。
 その後、営業担当はこの売買契約書をそのまま売主のところに持参し、売主は売主欄に署名および捺印をしました。一連の行為により、売買契約が成立しました。

被害者は、本契約を締結したとは思っていない
 被害者は、自分が締結したのは仮契約であり、本契約ではないと思っていました。しかし、営業担当に騙され、知らない間に売買契約を締結させられました。
 本来は、物件の権利関係、土地の形と面積、建物の構造、接道状況、不具合、法令上の制限などに関する内容が重要事項説明において説明されます。
 これらの説明が行われることなく売買契約が成立したわけであり、被害者は大変恐ろしい状況に追い込まれました。

一旦締結された売買契約を取り消すためには取り消し事由が必要です。営業担当に騙されたことを理由にしたくても、現実的にその立証は極めて困難です。

手付金の授受がないのに売買契約が成立
 さらに恐ろしいのは、手付金の授受がないにもかかわらず、売買契約が成立したことです。
 不動産の売買契約では買主が手付金を売主に渡すことにより、いわゆる手付損倍返しのルールが適用されます。売買契約を買主が取り消す場合は手付金を放棄し、売主が取り消す場合は手付金の倍額を買主に渡すことにより契約を取り消せます。ただし、売買契約を取り消せるのは、相手側が契約の履行に着手するまでとされています。
 通常、手付金の相場は物件価格の5%から20%です。東京では5%と定めている物件が多いです。

 今回の事案では、手付金の授受が行われていないので手付損倍返しのルールは適用されません。
 従って、後で述べるクーリングオフが適用される場合を除き、売買契約を取り消すためには違約金の支払が必要になります。通常、違約金の金額は物件価格の20%と定められており、かなり高額です。

 今回の事案において被害者が契約を取り消す場合に生じる違約金の請求権は取引の相手方、すなわち売主にあります。被害者において本契約を締結したという認識がなくても、売主欄および買主欄の両方に署名および捺印された売買契約書が存在する以上、売買契約は有効に成立しています。
 被害者が「仮契約という言葉に騙され、本契約とは認識していなかった。手付金はまだ支払っていないし、重要事項説明は行われなかった。」等と主張しても、売買契約の無効や取消を主張できる理由にはなりません。
 被害者はその不動産を購入するか、不動産価格の20%相当額を支払い売買契約を取り消すかのいずれかを迫られます。
 問題点が発覚したことから購入をやめる場合でも、高額な違約金を支払わなければ売買契約の取消しは認められません。

 手付金の授受が行われず、重要事項説明が行われなかったとしても、それは宅地建物取引業法が定める方法に従わずに売買契約を締結したという手続き上の問題に過ぎないことから売買契約は有効に成立していると解されます。
 仮契約と言われたとしても、売買契約書に署名および捺印をした被害者の落ち度は大きいです。被害者は不動産会社に損害賠償を求めたくなると思いますが、録音をしていなければ「仮契約」という文言が利用されていたことを立証することは困難です。

 被害者は、売買契約の取消しを求めて裁判で争いました。しかし、売買契約を取り消す代わりに、被害者は売主にある程度の違約金を支払う内容で和解するように勧告されました。

クーリングオフを行えるか
 ちなみに、売主が宅地建物取引業を営む不動産会社である場合は8日以内に限り、クーリングオフによる契約の取消が可能な場合があります。
1.売買契約書への署名および捺印をした場所が「自宅」であり、売主が不動産会社である場合
2.訪問を断ったにもかかわらず不動産会社の営業担当が自宅に押しかけ、契約書に署名捺印した場合

 ただし、次の場合はクーリングオフが認められないので注意が必要です。
1.売主が不動産会社ではない場合
2.売買契約書に対する署名捺印を不動産会社の事務所で行った場合
3.不動産会社の営業担当を自宅に呼び、売買契約書に署名および捺印をした場合

 「仮契約」と言われたことから売買契約書に署名捺印をした場合でも、売主が宅地建物取引業者であり、クーリングオフの成立要件を満たす場合であれば、8日以内に契約の取消を申し出ることにより取消が有効になり、違約金の支払いは不要になります。
 この場合は、内容証明郵便により「契約の取消」を伝えることを強くお勧めします。

まとめ
 本日紹介したのは売買契約のノルマに追われ、契約を取り付けたい営業担当が暴走して引き起こした事件です。営業担当者から「仮契約をしましょう」と言われたら要注意です。
 そもそも通常の住宅に関する不動産売買において、仮契約が締結されることは極めて稀です。仮契約という言葉が出た時点でおかしいと思ってください。

 また、署名及び捺印を求められた書類のタイトルが売買契約書であった場合は、直ちに商談を中止することを強くお勧めします。このような営業担当がいる不動産会社から不動産を購入してもろくな事になりません。

 一般的な内容になりますが、不動産取引に関する書類に署名および捺印を求められても、直ちに署名および捺印を行うことは危険です。
 表題および内容に注意し、少しでも疑問に思った点がある場合は説明を求めることをお勧めします。うっかり署名・捺印すると多額の財産を失うなど、取り返しの付かない事態に発展する恐れがあります。