入居中の賃貸物件が競売になることを理由に退去を求められたらどうするか
新型コロナウイルスによる不況が深刻化しており、賃料を支払えなくなる方の急増が懸念されます。賃料を払えない方が増えると、賃貸物件のオーナーに影響します。
オーナーの多くは事業用ローンを利用し、金融機関から融資を受けて賃貸アパートや賃貸マンションを建設するか、区分マンションの場合は区分所有権を購入した上で賃借人に貸しています。オーナーは、毎月得られる家賃収入の中から建設費または購入費を返済しています。
融資の際は、賃貸物件に抵当権または根抵当権を設定し、万が一オーナーからの返済が滞った際には、金融機関は賃貸マンションやアパートを競売にかけ、貸し付けた金銭を回収します。
万が一、家賃を支払えない方が増えたために家賃収入が少なくなり、オーナーが金融機関から借り受けた建設費や購入費を返済できなくなったら、債権者(通常は金融機関かサービサー)は裁判所に不動産競売の申し立てをします。この動きは、年末にかけて顕著になりそうな気配があります。
問題なのは、賃貸借契約に基づいて入居している方が競売になることを理由に、債権者やその他の第三者から退去を求められた場合の対応です。
1.抵当権または根抵当権の設定前に賃貸借契約が締結された場合
結論から申し上げると、競売が実施されても退去する必要はありません。
抵当権設定前から居住している賃借人と貸主との間の賃貸借契約は、競売が終わっても依然として有効です。この場合、退去を求める権利は誰にもありません。
競売により、賃貸不動産の所有者が変更した場合は、貸主が新しい所有者に変わります。しかし、新しい所有者は賃貸借契約を無効にすることはできませんし、従来から居住している賃借人を依然として住まわせる義務があります。
2.抵当権または根抵当権の設定後に賃貸借契約が締結された場合
2-1.競売になるという理由だけでは、退去を求める権利は誰にもありません
競売にかけられるとしても、競売で買受人が決まり、買受人がその賃貸物件の所有権移転登記を備えるまでは、賃貸借契約は依然として有効です。
2-2.退去を求めることができるのは、競売の買受人のみです
競売が有効に成立し、最終的な買受人が決定した場合でも、裁判所による売却許可決定、裁判所に対する代金納付、登録免許税の支払、登記申請といった一連の手続きが終わり、所有権移転が不動産登記簿に反映されるまでは買受人といえども退去を求める権利はありません。
稀に、競売の手続きに関する異議が申し立てられる場合があります。この場合は所有権が買受人に移転するのには1か月程度先になりますし、異議申し立てが認められた場合は2か月以上先になることがあります。このような事態が生じた場合でも、所有権移転が不動産登記簿に反映されるまでは、賃貸借契約は依然として有効です。
2-3.退去しなければならない場合でも、明渡猶予期間があります。
所有権移転が不動産登記簿に反映された後、賃借人に退去を求めるか否かは新所有者の判断に任されています。所有権移転が不動産登記簿に反映された時点で、前所有者と賃借人との間に締結された賃貸借契約は終了します。
賃借人が従来通り居住を希望する場合は、新所有者との間に賃貸借契約を締結する必要があります。新所有者においてもこの不動産を利用して賃貸事業を継続するのであれば交渉の余地がありまが、賃料の変更を求められることがあります。
しかし、建物を取り壊す、またはフルリノベーションを行う等の理由により退去を求められた場合は、新所有者の意向に従うしかありません。
新しい所有者が退去を要求した場合でも、裁判所は6か月の猶予期間を与えています。ただし、猶予期間中は、借主は新しい所有者に「賃料相当額損害金」を毎月支払う必要があります。金額は毎月の賃料及び共益費(管理費)の合計額です。支払が1か月でも遅れた場合は猶予期間が取り消され、新所有者は直ちに退去を要求できます。必要に応じ、裁判所による強制執行が行われ、強制的に退去を迫られます。
賃料相当額損害金を支払わなかった、または明渡猶予期間が経過したのに退去しない場合は、裁判所による強制執行が行われることがあります。
2-4.新所有者が退去を要求する場合
○敷金、引っ越し代
敷金を前所有者に預けている場合は、前所有者に全額の返還を要求できます。さらに、引っ越し代も請求できます。しかし、あくまでも請求権があるに過ぎません。前所有者には資産が何も残っていないことが大半であり、請求しても応じてもらえないことが多いです。なお、敷金の返還を新所有者に求めることはできません。
○原状回復義務
退去の際に、新所有者が原状回復を要求する事案が散見されますが、法律上は不当な要求です。断って構いません。
不当な要求である理由は、新所有者と居住者との間には賃貸借契約が締結されていないからです。原状回復は、賃貸借契約が締結されている場合に、その契約内容に従って実施されるものです。
前所有者と賃借人との間に締結された賃貸借契約書に原状回復に関する条項がある場合でも、原状回復義務はありません。
3.競売が実行される直前に物件を買い受ける方が現れ、競売が中止になった場合
いわゆる「任意売却」が行われた場合は、通常の不動産売買が行われたものと評価されます。賃借人と貸主との間の賃貸借契約は、所有者が変更しても以前として有効であり、退去を求める権利は誰にもありません。
新所有者が貸主になるだけです。新所有者は賃貸借契約を無効にすることはできませんし、従来から居住している賃借人を依然として住まわせる義務があります。
よって、賃借人が退去を求められても、応じる必要はありません。
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