定年退職後に不動産業を開業したいと言われても

2024年8月5日

 会社を定年退職した後に不動産会社を立ち上げたいので、実務を学ばせてほしいという相談がたまにあります。相談される方の多くは不動産会社における実務経験がなく、勤め先でも不動産とは無関係の仕事に携わっています。

 「退職後を見据え、宅地建物取引士の資格を取得しました。しかし、実務経験がないので営業や事務を3~6か月程度学ばせて欲しいです。」と言われる方が多いです。

 しかし、不動産業は裾野が広く、賃貸仲介、管理、売買、売買仲介、建設等、多岐にわたります。そしてどの分野を選択するとしても相応の知識と経験がないと生業にはなりません。数ヶ月程度で学ぶことはどう考えても無理です。

 定年後における第二の人生において、不動産会社を立ち上げる理由を尋ねると、がっかりする回答が多いです。「仕事の量が少なそうだから」とか「楽して儲けられそうだから」という内容が多いです。

 「お客様に物件を内見してもらい、希望者が現れたら契約して手数料を稼げるのだから楽な仕事」と考えている方がとても多いです。実際は登記事項の確認、現地確認、物件調査、物件紹介資料作成、重要事項説明書及び契約書の作成等の仕事があります。売買および賃貸のいずれでも登記簿謄本(登記事項証明書)のチェックは欠かせません。

 登記事項を確認すると、まれに「差押」、「所有権移転仮登記」等の登記が行われていることがあります。このような内容が登記されている物件は、賃貸、売買(仲介を含む)のいずれも行えません。契約の相手方に財産上の多大な損害を与えることがあるからです。この場合は、折角の依頼であってもお断りしなければなりません。

 現地確認および物件調査も重要です。無届建築または無届で増築された建物の場合、金融機関が融資しないので売買の対象にならないことがあります。賃貸の場合でも、入居者の安全を軽視している場合(エレベーターやオートロックの故障を放置しているなど)は、オーナー様から入居者募集を依頼されてもお断りするしかありません

 よくあるのは土地の境界に関する問題です。境界線の位置について、土地の所有者と隣地所有者との間で異なる認識をしていることがあります。この場合は必要に応じ土地家屋調査士に協力してもらい、調整する必要があります。

 重要事項説明書および契約書では特約条項を設けることが大半ですが、その内容が問題になります。特に現況が居住中である住宅の売却では、売買契約を締結した後の引越、ユーティリティーの解約、引き渡す時期に関する打ち合わせを行い、特約条項にまとめます。

 1件の成約を得るために必要な仕事の量は多く、重要事項説明書および契約書における誤りは許されません。極めて慎重に作成する必要があり、誤った情報を記載した場合は損害賠償責任を負わなければならないことがあります。

 それに宅地建物取引業免許を取得して不動産会社を立ち上げるためにはかなりの資金が必要です。不動産を購入し、建築やリフォームを行うためには、さらにまとまった資金が必要です。

 融資を受けたくても、立ち上げたばかりの不動産会社に融資をしてくれる金融機関は限られますし、相応の担保が必要です。

 賃貸仲介や管理を生業としたいのであれば、特急又は急行が停車する駅前の目立つ場所に店を構える必要があります。最近はネットによる集客が増えていますが、大家さんが入居者を募集する際は駅前の店に客付けを依頼します。駅前の店舗における賃料は極めて高額です。その他に高額な保証金などが必要です。

 通常、宅地建物取引業免許を取得するためには宅地建物取引業協会(以下、宅建協会)又は全日本不動産協会(以下、全日)に入会しなければなりません。その上で法務局に弁済業務保証金分担金として60万円を供託する必要があります。宅建協会または全日に入会しない場合は、法務局に1千万円を供託しなければなりません。

 それに宅建協会または全日に入会する場合は100万円を超える入会金および諸費用が必要です。総額は都道府県により異なるので、WEBサイトにて確認願います。

 「仕事の量が少なそうだから」とか「楽して儲けられそうだから」という動機で、第二の人生として不動産会社を立ち上げることはお勧めしません。