賃借人が賃貸物件の明け渡しを遅延した場合

賃貸物件の管理や仲介を行っている不動産会社や管理会社が毎年悩まされるのは、退去期日を守らない賃借人の存在です。「仕事が忙しい」等の理由により、退去日になっても引越をしてくれない方が時々います。

賃借人が退去日を守らないと、原状回復工事やリフォームのスケジュールが狂います。工事の予約をし直すことになりますが、春先ということもあり既に他の物件に関する工事の予約が入っていることが多く、原状回復工事やリフォームの開始が大きく遅れます。このため、新たな入居者の募集も遅れることになります。

また、退去後に新しい入居者の入居日が決まっている場合には、新入居者にも迷惑をかけることになります。

このような場合、賃貸人は賃借人に対し、退去が遅れた日数分の家賃を請求できるのは当然として、その他に損害賠償を請求できるかという問題があります。

結論から申し上げると、賃貸借契約書に規定しておけば、日割り家賃相当額との同額を損害金として請求することが可能です。すなわち、明け渡し遅延の場合は退去が遅れた日数分に相当する日割り家賃の倍額を請求することができます。

ちなみに、日割り家賃の倍額請求が消費者契約法第10条に反しないかという点については、東京高判平25.3.28が否定しています。また、倍額が妥当かを明確に判示した例は見当たりませんが、裁判上の調停の場では「倍額」がよく提案され、和解に至っています。人気がある物件では稀に3倍相当額が妥当であるとされることがありますが、例外です。居住用の住宅では倍額が妥当であると考えられます。

「退去日」はいつの時点か
賃借人の中には引越をして空室にしたにもかかわらず、何故か鍵をなかなか返却しない方がいます。オーナー、管理会社または不動産会社に「今日、引越をして部屋を空けました。家賃は今日までの日割りでお願いします。忙しいので、鍵の返却は1週間から2週間後になります。オーナーさんは合鍵をお持ちでしょうから、原状回復工事はそれで対応してください。」等と言い、鍵の返却を先延ばしにされる方がいます。

明け渡しの日は引越日、またはお部屋を空にした日であると誤解されている方がとても多いです。明け渡し日は鍵を返却した日なので注意が必要です。

法律上、賃貸物件の明け渡しが完了したといえるためには、賃借人が物件に対する占有を解くことが要件です。占有を解いたと言えるためには、スペアキーを含めて鍵の返却が完了していることが必要です。

鍵を返却した後は、賃借人はその賃貸物件に入ることが出来なくなり、鍵を返却されたオーナー、不動産会社または管理会社が入室できるようになります。これをもって占有が解かれたことになり、明け渡しが完了したとみなされます。日割り家賃の請求(場合により倍額)は、鍵の返却日を基準として算出します。

ちなみにオーナー、不動産会社または管理会社は合鍵を持っていることが大半ですが、そのことは明け渡し完了の判定には一切考慮されません。

鍵の返却後に残置物がある場合
退去後に部屋を確認した際に、残置物が見つかることがあります。明らかにゴミであると言えない場合は、対応に苦慮します。法律上、残置物の所有権は依然として退去した賃借人にあるからです。ただし、所有権放棄に関する同意がある場合を除きます。

退去日にはなるべく誰かが立ち会うようにし、テーブルなどを「残置物として置いていきたい」と言われた場合でも残置を認めないことをお勧めします。

どうしても退去の日時に誰も立ち会えない場合は、引越の前に「鍵の返却後に室内に置いてある物品の所有権を放棄する」旨の同意書を作成し、署名捺印を求めることが有効です。

ただし、このような書類の提出を求めると、賃借人の中には大型の家具や冷蔵庫を残置物として置いていく方が出てきます。所有権放棄書の提出を求めるかは、賃借人の性格を考慮して勘案することをお勧めします。