不動産売買に「仮契約」はあり得ない

ご承知の方が多いと思いますが、不動産会社の営業担当者には厳しいノルマが課されています。営業担当は毎月の契約件数をこなすために四苦八苦しており、残念ながら強引な営業に出る輩が後を絶ちません。

上司からの叱責があまりにも厳しいと、中にはお客様を騙してでも契約を取らなければならないとして「仮契約」という言葉を用い、本契約を強引に締結させる悪質な営業担当がいます。

「仮契約」を求められたら
ネットのポータルサイトで気に入った物件を見つけたことから内見をお願いし、内見の際に、その物件がとても気に入った旨を営業担当に伝えたとします。

内見した日の夕刻に、営業担当者から電話がかかることがあります。「今日、内見をしていただいた物件について更に詳しく説明したいので、今夜、お会いできませんか。夜遅い時間でも構いません。」と言います。

業界用語で「夜訪(やほう)」と言います。購入に向けて強引に背中を押す方法として、業界ではよく行われている方法の一つです。

断った場合でもお客様の自宅に訪問し、呼び出すことがあります。根負けして室内に入れて説明してもらうことにすると、説明を一通りした後に購入申込書(買付証明)への署名および捺印を求められることが多いです。

署名および捺印をしたとしても、それだけでは契約したことにはなりません。後日に「契約しましょう」との強いお誘いがありますが、契約しなければ金銭の支払は不要です。

かなり強引な営業担当でも、通常はこの程度で終わりです。しかし、質の良くない営業担当は、夜訪の際に買付証明ではなく、契約書への署名および捺印を求めます。「とりあえず、この物件が他の方に先に買われることを防ぐ為に仮契約をしましょう。仮契約なのでお金はかかりません。」等のセールストークをします。

「仮契約」と偽り、「契約書」に署名および捺印をさせてしまうのです。

営業成績が芳しくないことから上司から厳しい叱責を受けた営業担当の中には、このような「悪の道」に入り込み、善良なお客様を泣かせる者がいます。

通常の不動産売買には「仮契約」という概念はありません。全て「本契約」です。売買契約書に署名および捺印をさせた後、相手側が署名および捺印をすれば売買契約は成立します。詐欺的な手法であっても、それを買主が立証することは極めて困難です。

恐ろしいのは、手付金の授受が行われないことにあります。売買契約を締結する際に手付金の授受がない場合には、いわゆる手付損倍返しのルールは適用されません。

手付金の授受が行われていない場合に買主が契約をキャンセルする際は手付金の放棄ではなく、違約金の支払いが必要です。通常、違約金は物件価格の20%と定められています。

この違約金の請求権は取引の相手方、すなわち売主にあります。このため、「不動産会社が『仮契約』を勧めたから署名捺印をした」と主張しても、売主がそれを聞き入れるとは限りません。

仲介した不動産会社の営業担当による詐言が原因であるとしても、売買契約書に署名捺印がなされている以上、売主が違約金を請求する行為は、民法上、正当な行為です。

営業担当が「仮契約」と言った場合でも、買主はその不動産を購入するか、不動産価格の20%相当額を支払うかのいずれかを迫られることになります。

「強引な手段で契約を締結させられた。重要事項説明もなかった。」と主張しても、それは宅地建物取引業法が定める方法に従わずに売買契約を締結させた不動産業者の手続きに瑕疵があると認められるに過ぎず、売買契約の無効や取消を主張できる理由にはなりません。

売買契約の無効、または取消の確認を裁判で争っても、署名および捺印したことに対する責任は大きいため、ある程度の違約金を支払うことで和解するよう、裁判所から和解勧告されることが大半です。

なお、売主が宅地建物取引業者である場合は、クーリングオフによる契約の取消が可能な場合があります。

クーリングオフについて
売買契約書への署名および捺印をした場所が「自宅」であり、売主が宅地建物取引業者である場合は、8日間のクーリングオフ期間が認められる場合があります。

来訪を断ったにもかかわらず、不動産会社の営業担当が自宅に押しかけたことから契約書に署名捺印した場合は、契約の取消が可能です。

ただし、売主が宅地建物取引業者(不動産会社)ではない一般の方である場合は、クーリングオフは認められません。また、契約書への署名捺印を不動産会社の事務所で行った場合、または不動産会社の営業担当を自宅に呼び、売買契約書に署名捺印をした場合もクーリングオフは認められません。

「仮契約」と言われたことから売買契約書に署名捺印をした場合でも、クーリングオフの成立要件を満たす場合であれば、8日以内に契約の取消を申し出ることにより取消が有効になり、違約金の支払いは不要になります。この場合は、内容証明郵便により「契約の取消」を伝えることを強くお勧めします。

営業担当者から「仮契約をしましょう」と言われた場合は、直ちに追い返すことをお勧めします。そのような営業担当がいる不動産会社から不動産を購入しても、ろくな事になりません。