不動産会社の営業担当から「会社を通さずに契約したい」と言われたら

 東京都23区内で住宅用地の購入を検討している方から相談された内容です。

 相談者は営業担当から紹介された土地が気に入り、価格も妥当であると思ったので買付証明書を提出することにしたそうです。その際に、営業担当から以下の内容を持ちかけられました。

  • 私は宅地建物取引士の資格があるので、契約書の作成および重要事項説明を問題なく行えます。
  • 私の勤め先を通さないで契約すれば仲介手数料を「半額」にできます。私と直接やりとりしませんか。
  • 勤め先(不動産会社)の印鑑は社員であれば誰でも自由に使えるので、重要事項説明書および契約書は私の勤め先を通して仲介した場合と全く同じものをお渡しできます。
  • 住宅ローンを引き受ける金融機関の紹介、手続きも私が行います。
  • 今回の取引に関する話は私のみにしてください。必要な場合は私の携帯電話のみに連絡し、勤め先の固定電話には一切連絡しないでください。

 相談者の質問は「この営業担当に不動産の売買仲介を任せて大丈夫か」というものです。

 この営業担当は勤め先から給与をもらっているはずです。しかし、取引内容を会社に知らせずに取引し、仲介手数料を会社に納めることなくそのまま自分の懐に入れることを考えたのでしょう。都心の土地売買であれば仲介手数料が数百万円以上になることがよくあり、「半額」としても勤め先からの月額給与を大きく上回る金額を手にすることができます。

 不動産の売買仲介を行う場合は、宅地建物取引業免許が必要です。この宅地建物取引業免許は宅地建物取引士の資格とは異なります。宅地建物取引士の資格は不動産を仲介する際に重要事項説明を行い、重要事項説明書および契約書に記名するための資格に過ぎません。

 宅地建物取引士が個人として宅地建物取引業免許を取得することは可能です。しかし、個人として宅地建物取引業免許を取得している者が不動産会社に勤務することはありません。

 宅地建物取引士である個人が宅地建物取引業の免許を取得した場合は「専任の宅地建物取引士」とされ、他の不動産会社に勤務することは認められていないからです。

 つまり、この営業担当に不動産売買仲介を依頼することは無免許ブローカーに依頼することと同一視できます。「契約書の作成および重要事項説明を問題なく行えます。」というのはウソです。

 この営業担当の勤め先が不動産仲介に関わっていないにもかかわらず、営業担当が重要事項説明書および売買契約書を作成し、会社の印鑑を勝手に持ち出して捺印した場合は有印私文書偽造罪(刑法第159条第1項)および同行使罪(刑法第161条第1項)に問われる恐れがあります。3か月以上5年以下の懲役刑が規定されています。

 また、この契約書を利用して住宅ローンを成立させ、購入資金を借り受けた場合は偽造された売買契約書を提出して購入代金を借り受けたことになるので詐欺罪(刑法246条第1項)が成立し、10年以下の懲役刑に処せられます。

 会社の印鑑を内緒で持ち出し、不動産会社が取引に関与していないにもかかわらず、営業担当が単独で重要事項説明書や契約書を作成することを買主が知っていた場合は、買主はこれらの犯罪の実行犯または共犯であると見做される恐れがあります。

 当然ですが、契約書の作成過程に瑕疵があることが金融機関に発覚した場合は融資した金額の一括返済を求められます。

 契約書が偽造されたものであれば、「借主は期限の利益を喪失した」として金融機関は借主に融資金額の残額を一括返済するように求めます。買主が一括返済できない場合には抵当権又は根抵当権が実行され、任意売却または不動産競売により不動産を安く売却されます。多くの場合に借金が残り、多額である場合は自己破産を迫られることがよくあります。

 さらに、購入した不動産に思わぬ問題(告知義務違反、境界線の問題、建物の建築制限に関する説明不足、地中埋設物に関する問題など)が見つかった場合に売主の契約不適合責任、および仲介した不動産会社の責任を追及することが著しく困難になる場合があります。

 「偽造された契約書」と判断された場合、売主および買主の双方が所有権移転に同意し、代金が支払われていれば売買行為自体は有効に成立しますが、契約書は無効と扱われます。契約書が無効であれば、契約書に記載されている特約および契約条項は全て無効と扱われ、責任を追及できなくなります。

 質の良くない営業担当から「会社を通さずに契約したい」と言われたら、その不動産会社を利用して購入することは絶対に止めるべきです。物件を気に入っている場合でも犯罪の共犯にされる恐れがあり、契約不適合責任等の責任を追及できず、一括返済を求められる恐れがあるのでは仕方ありません。他の物件にすることを強くお勧めします。

※相談者のプライバシーに配慮し、一部アレンジした箇所があります。