困った相談(その22、競売で「現況空家」の物件を落札したが、家財が多く残置されていた)
※相談事案です。
1.不動産競売において、「現況空家」と記載されている住宅に入札し、落札した。裁判所が作成した現況調査報告書には家財が残されていないことを示す写真が掲載されていた。
2.代金を支払い、所有権移転登記を済ませた後に現地を訪問した。施錠されていたのでその場で鍵屋を呼び、玄関扉を開けた。
3.内部には多くの家財があった。「現況空家」ではなく、おかしいと思ったが鍵屋に玄関扉の錠前を交換してもらった。
4.数日後、元の所有者から「家財を搬出したいが錠前が交換されていて玄関扉を開けられないので開けて欲しい」という電話があった。
5.日時を決めて元の所有者と現地で会い、玄関扉を開けて中に入ったところ「ここにあった絵画や宝石がなくなっている。貴方が持ち出したのだろう。返して欲しい。」と言われた。
6.室内の家財には一切手を触れていないことを説明したが「建物内にある家財の所有権は私にある。玄関扉の錠前を交換したのは貴方なので絵画や宝石がなくなったのは貴方の責任だ。損害額である約2千万円の全額を賠償して欲しい。家財を勝手に搬出することは絶対に許さない。」と言われた。
7.競売を実施した裁判所に相談したところ、「建物の占有権は貴方に移転したので強制執行は出来ない。絵画や宝石の紛失と損害賠償、家財の搬出については当事者間で話し合って欲しい。」と言われた。
これは、いわゆる「占有屋」または「反社会的勢力」による手口です。裁判所が強制執行を行う要件を封じ、多額の賠償金を得る手口です。占有屋が元の所有者に「落札者から『賠償金』として金銭を受け取れる方法がありますが、一緒に行いませんか。受け取った『賠償金』は私と山分けしましょう」等の甘言を用い、誘ったものと思われます。
競売の前に行われる執行官および不動産鑑定士による現況調査の前に家財を運び出し、現況調査の終了後に家財を元に戻すのが典型的な手口です。
占有屋が最も恐れるのは強制執行です。強制執行を行えなくするための「罠」を占有屋と元の所有者とが共同で仕掛け、相談者(落札者)を「罠」に落としたのが今回の事案です。
相談者は、鍵屋を呼んで玄関扉を開けさせる前に裁判所に強制執行を申し立てるべきでした。強制執行を行えば、このようなトラブルが発生することは考えられません。
強制執行の目的は、建物の「占有権」を元の所有者から新しい所有者に移転させることにあります。相談者は鍵屋を呼び、玄関扉の錠前を交換しました。この行為により「占有権」は元の所有者から新しい所有者に移転しました。
この占有移転は「自力による占有移転」であることから、この時点から裁判所に強制執行を依頼できなくなりました。強制執行をお願いするためには玄関扉の錠前が交換されていないことが必要です。
強制執行が行われないことが確定した後は元の所有者および占有屋のやりたい放題になります。絵画や宝石の所在が証明できなくても、元の所有者が裁判所に損害賠償請求を求める裁判を提訴した場合は即決和解を勧告され、慰謝料としてかなり高額の賠償金を支払わなければならくなる可能性が高いです。
前所有者から占有権が移転する前に錠前を交換する行為は「自力による占有回復」ですが、これは「自力救済」であり、違法とされています。錠前を交換して自力救済をした新しい所有者の落ち度は大きいと扱われます。
今回の事案は不動産会社では対応できず、賠償額の決定、および家財の搬出に向けた交渉を弁護士に依頼することになります。
強制執行(断行)について
競売物件の明け渡しがスムーズに進まない場合、落札者の申し立てにより裁判所は強制執行を行います。強制執行(断行)では執行官の指示に基づき執行補助者が内部の物品を全て搬出し、執行補助者が用意する倉庫に搬入します。
搬出する際には何を搬出したかを細かく記録します。 絵画や宝石があれば必ずチェックされ、公的な記録として残ります。「絵画や宝石がなくなった」と言われてトラブルになることはまず考えられません。
強制執行が行われる場合、新しい所有者は家財の搬出が終わる(または執行官から許可される)まで建物内に立ち入れません。このため、新しい所有者が家財に手を触れることはありません。
元の所有者が約1か月の間に引き取らない場合は動産競売にかけられ、安値で売却されます。通常は物件を落札した方が安値で買い取り、廃棄処分にします。
現況空家の物件に入札する場合
居住中の物件を落札した場合、退去に向けた交渉を自ら行わなければなりません。これを避けたいとして「現況空家」の物件に入札する方が多いですが、この考えは誤りです。
「現況空家」の物件は要注意であり、内部に家財が存在しないと思われる場合でも元の所有者と連絡が取れない、または裏に得体が知れない輩(占有屋、反社会的勢力など)が存在する気配を少しでも感じた場合は裁判所に引渡命令を発令してもらい、その後に強制執行を依頼することを強くお勧めします。
「空の物件に対する強制執行を行う意味がわからない」と思われるかもしれませんが、現況空家の物件は、現況居住中の物件よりもはるかに注意が必要です。
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